上司からの飲みの誘いは断れ
読者の諸君、職場の飲み会には行っているか?
僕は今、研修医である。研修医という身分は、数ヶ月おきに職場が変わる。変わるときは、担当患者はもちろん、同僚や上司も全て入れ替わる。そうやっていろいろな部署を回り、医学の全般的な知識を身につけていく。それが初期研修の目的である。
では本題に入る。そう、飲み会についてである。
僕の今置かれている状況について
現在の僕の上司は、医師といてはベテランの領域にある40代前半の人物だ。彼の医師としての仕事力、豊富な経験・知識に裏打ちされた診療能力は、今の僕では全く歯が立たない。患者の人生を第一に考え、医療人としての使命感に燃えた彼は、医師の理想像の一つだろう。そういった意味では、僕は彼をとても尊敬している。その点に関しては一切不満はない。
しかし、である。彼にはある困った性質がある。
飲み会が大好きなのだ。
彼自身は家族があり、 愛するご子息もいる。目の回るような仕事の合間、事あるごとに「忙しくて家族に会う時間がない」と不平を漏らす彼。しかし、仕事が終わりに近づいてくると、「じゃあ皆で今晩飲むか。どこへ行きたい?」となる。それについていくと、大体12時ぐらいまで飲むことになる。
通常の若手であれば「飲みも仕事のうちだから」といって、ついていくことが多いだろう。僕もそうやって自分を殺していた時代もあった。果たして、最強を目指す上で、これは正解であったのか。
僕の結論を言うと、そういった飲み会には基本的に参加するべきではないと考えている。
その理由を以下に記す。
睡眠時間・勉強時間の確保
まずは、寝不足になり、プロフェッショナルとしてのパフォーマンスを保つことがむずかしくなる、というあまりに大きすぎる問題点だ。前回の記事でも書いたが、我が病院は、全国の研修指定病院(研修医が学べるキャパシティのある、ある程度の規模の病院)の中でも、トップクラスに過酷な病院である。研修医1年目は朝5時半から出勤せねばならず、当直の数も10回ぐらいとイカれた数だ。当直ではよくても2−3時間しか眠れず、翌日(通称、明けと呼ばれる)は当然ながら睡眠不足の状態となる。
しかし、医師は人命を扱う職業であり、当然ながら妥協は許されない。なので、当直の無い日にしっかりとした睡眠をとる事は必須だ。さらに、自分を成長させてくれる勉強時間など、それこそ雀の涙ほどしか残らない。その雫を瓶に漏れなく貯めることがなければ、最強を目指すことなど、夢のまた夢だ。
飲みニケーションについての所感
飲みニケーションという言葉が一斉を風靡したことがある。仕事中は言えない事、それでも成長させてくれる大事な事。そういったアドバイスを、飲みの場で吸収するとう趣旨である。「たばコミュニケーション」なども同じ類いだろう。
僕も社会人一年目は、手下として生きる事に徹した。そのため、飲み会に行けば何かしらの恩恵を受けられう事を期待して、参加し続けた。しかし、結論としては、仕事上のディスカッションは仕事中にするのが一番だという身も蓋もない事実だ。飲み会でもアドバイスなんて、結局酒がはいっていなければ言えないような内容である。取るに足らない。
君の人生は誰のもの?
仕事以外のプライベートを他人に束縛されたくない、という気持ちも大きい。ただでさえ失敗や困難続きの研修医生活。せめて自分のプライベートだけでもコントロールし、自分が自分の人生のイニシアチブを握っているという実感を得たい。そう考えるのは僕だけだろうか。
忘れてはいけない。俺たちの目標は、「良い部下になること」ではない。「良い仕事人になること」だ。上司の機嫌をとって、自分を高める時間が取れなくて、最強になれなかったらどうするのだ。誰も自分の人生の補填などはしてくれない。自分の人生の責任は、自分しか取れない。
確かに、医師という職業は独立性が強く、また数が基本的に不足しているので、売り手市場である。なので、仮に上司と折り合いが悪く首になっても、すぐに似たような条件の職場に転職できる。そういった意味では上司から嫌われることのリスクは、大企業の若手社員などとは、大きく異なるかもしれない。
それでも、それでもだ。
後悔するような生き方はしたくない。
そうは思わないか。
それでは、あとは各自の判断に任せるとしよう・・・。