若手医師と商社マンが最強を目指すブログ

平成生まれの帰国子女である3年目医師と4年目総合商社マンがそれぞれの最強への道を虎視眈々と狙う

騎士団長殺し、村上春樹

 

騎士団長殺し村上春樹

僕は、村上春樹の熱心なファンである。もちろんこの広い世界のことだ。僕よりも「熱心な」読者は存在するだろうが(例えばカンサス州に)、僕は自分のことを熱心な村上春樹のファンだと思っている。新作が出れば、評判や中身の詮索をせずに盲目的に買ってしまう。まるで熱心な宗教家が神父からのメッセージをそのまま鵜呑みにするかのように。

僕が村上春樹のファンになったのは10代後半だ。特に20代前半の頃は、周囲の人々に対して「村上春樹の啓蒙活動」を行っていた。こんな面白い作家は居ないよと、部活の後輩、友人、彼女などに、読むよう促していた。本を読むという話題が出るとほとんど自動的に、僕のおすすめの村上春樹の作品を紹介したものだ。しかし、ある時からそういった行為もしなくなった。その理由を一言で言うと、僕が村上春樹を勧めた相手は多くの場合僕ほど村上春樹を楽しめない、ということに気づいたからだ。今では僕は、村上春樹を積極的に他人に勧めたりはしない。

周囲の知り合いが僕ほど村上春樹を楽しめない理由は、当時ははっきりしなかった。単純につまらないのかもしれない。すぐに浮気や不倫をする登場人物に感情移入が出来ないのかもしれない。長すぎて飽きてしまうのかもしれない。それでも、村上春樹の小説は売れ続けていた。

僕に言わせれば、村上春樹の小説は「自分なりに筋の通った生き方をしていた人が、急に不条理な問題に巻き込まれ、しかし最後まで自分の筋を通し一応の解決を見る。周囲の人はそのことに気づかないが、自分自身はある種の達成感を覚える」といったストーリーだ。自分の考え方を持つことの意義、またそれを守り通すことの価値。それらに意味を見いだせない人にとっては、氏の小説はあまり面白く無いのかもしれない。もちろんそれは僕の考え過ぎなのかもしれないけれど。

村上春樹自身は、自分の批評を一切読まないそうだ。偉い批評家や、ネットでの罵詈雑言を見ても、意味は無いと考えているとのことだ(もちろんアマゾンレビューなんかも)。それよりも、本の売れ行きが増えることが、もっとも自分のファンが熱心に読んでくれていることに指標になると考え、重視しているそうだ。村上氏が気にするのは、一部の舌鋒鋭い論客ではなく、熱心に読み続けてくれる読者のことだけだ。そして、その数は、口角泡を飛ばしながら批判的な物言いをする人の、何百、何万倍も存在するのだ。

そういった村上春樹という人物と彼の作品に関する考え方を知った上で、新作騎士団長殺しを読んでみる。確かに、上下(正式には1,2巻)1000ページを超えるし、無駄に具体的な(と多くの読者は思うだろう)性描写が多いし、伝えたいメッセージも漠然としておりはっきりとはしない。読まないと人生で損をするか、といわれると、全く損することは無いだろう。

アマゾンレビューでは、批判的な評価が目立つ。曰く「長過ぎる、ストーリーが成立していない、性描写のシーンが多すぎ」とのことだ。僕もそれらの点には同意する。興味深いのが、そういった酷評をしている人は一律に「僕はハルキストでは無いのですが、村上春樹の小説は一通り読んでいます」という前置きをしていることだ。村上春樹が嫌いであれば読まなければいいのに、と普通なら思うだろうが、それでも彼らは村上春樹の新作が出ると手に取らずにはいられないのだろう。そして自分勝手に脳内に描いた「理想の村上春樹作品」とのギャップに怒りつつも、1000ページを読み切ってしまう。その魔力こそが、村上春樹の魅力を端的に示している。

騎士団長殺しを読み終わり、僕は全く悪くない小説だと思った。少なくとも、完全に村上春樹の小説であることに疑いはない。読み始めの頃は、再び新しい村上ワールドに浸れることを心から嬉しく思ったし、ページが少なくなってきて「ああ、もう終わってしまうのか」と悲しい気持ちになりながら読み切ることになった。

村上春樹ノーベル文学賞に最も近い、生きている日本人としては世界的に最も評価されている小説家だろう。彼が長編小説を書く必要性は、少なくとも経済的には全く無い。にもかかわらず、彼は騎士団長殺しを世に送り出してくれた。70歳前の初老の男が、時間も体力も相当量必要であろう、新作長編小説を書くことは想像を絶する負担だ。それでも、騎士団長殺しは発表された。そのことに、素直に喜ぼうではないか。

 

名作ノルウェイの森に、僕の好きな一説がある

「あなたってわりに物事をきちんと考える性格なのね、きっと」
「まあそうかもしれないな。たぶんそのせいで人にあまり好かれないんだろうね。昔からそうだな」
それはね、あなたが人に好かれなくたってかまわないと思ってるように見えるからよ。だからある種の人には頭にくるんじゃないかしら。でもあなたと話してるの好きよ。しゃべり方だってすごく変ってるし。『何かにそんな風に縛られるのって好きじゃないんだよ』」